古いマックスのホッチキスを買って嬉しい
津島の文房具・紙製品・古道具・手作り雑貨のお店『25ris(ニコリス)』さんに行って来ました。そのお土産に、古いマックスのホッチキスを購入してきました。マックスのホームページで調べると、1946年くらいのものではないかと想像されます。
名前は、3号ホッチキス「ヤマコースマート」。全くスマートな気配はないのですが、この時代でこのスタイルは画期的なスマートさだったはずです。当時の人々が「こんなに小さくて使えるのか?」と、口々に叫ぶ姿が思い浮かべられますね。
今日は、マックスのホームページを訪れたのをいい機会としてとらえて、ホッチキスの歴史散歩をしてみたいと思います。そんなめちゃめちゃ古い文房具ではないので、この生い立ちを知っている人もいるかも知れないですね。では、始めます。
「ヤマコースマート」の歴史です
この画像のホッチキスのことを「ヤマコースマート」と呼ぶらしいです。生まれて初めて聞く名前ですよね。もう少しスマートなネーミングは出来なかったんでしょうか?このホッチキスの歴史について深く掘ってみます。
マックス(株)は、創業時には山田航空工業(株)という名前の会社でした。零式戦闘機の尾翼部品メーカーとして昭和17年(1942年)に発足しました。この年は、第二次世界対戦の真っ只中の日本でした。
戦争が終わり、新発足するにあたり山田興業(株)と社名を改め、「平和産業に徹し、文化に貢献する」を社是として掲げて、向野氏からホッチキスの製造技術を引継ぎ、終戦から半年後の昭和21年(1946年)には早くも「ヤマコースマート」(3号ホッチキス)の生産を開始しました。
ヤマコーは、山田興行(株)からきているんですね。
まもなく1号・2号・5号・9号などのホッチキスも手掛けるようになり、品揃えが進むとともに、3号ホッチキスはその後も改良され、卓上中型のスタンダードとして、現在も学校やオフィスで使われています。
この普及型ホッチキスは「文房具の三種の神器」としてもてはやされました。3号というのはホッチキス針の大きさを指しています。通常我々が現代で使っているのは、11号か10号です。
ホッチキスの名前の由来です
「ホッチキスって、マックスの商品名なんだぞ!」と、文房具好きの友達から聞いたことがあります。本当なのかな?では、名前の由来について調べてみましょう。なんとなく、シャープでキレのあるネーミングで素敵ですよね。
それではホッチキスの名前の由来の紹介です。
ホッチキスを日本で初めて販売したのは伊藤喜商店(現イトーキ)です。明治36年(1903年)のことでした。このホッチキスはアメリカ製で、ボディに大きくHOTCHKISS No・1と刻印されていました。
この製品はE・H・HOTCHKISS社製で、ブランドと形式を刻印表示したものでした。特に呼び名がなかった時代のことです。でも、これを見て誰とはなしにホッチキスと呼ぶようになったと思われます。
また、この製品にはHOTCHKISS PAPER FASTNERの文字も読み取れます。当時はペーパーファスナーがアメリカでは一般名称だったのかもしれません。国内では大正時代の特許公報に紙綴器やホッチキスの表記が見られますが、現在では「ホチキス」、「ホッチキス」、「ステープラ」と、さまざまな名前で呼ばれています。
そういえば婆ちゃんと「ホチキス」か「ホッチキス」かで、揉めたなぁ。
もっといっぱい書きたいですが、あまり書くと読む気がなくなるといわれているのでこの辺にしておきます。第二弾もまた近々にやりますね。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございます。読者の方に感謝です。