
「デジタルで入手した情報は思い切って捨てても良い。それはきっとどこかに元となるものが残っているから。でも、手書きのものは捨ててはいけない。自分で書いたものは、もう二度と手に入れることはできないから、大事に保管しておくべきだ。」
こんなことを先輩に教えていただきました。僕はある時期から、とにかく捨てることができるものはないかと懸命に身軽になるように取り組んできたので、自分の書いたものなどほとんど残っていないです。本当に残念な話で、もう取り返しがつきません。
この文房具ブログに書き残してきた記事だけが僕の財産になるかもしれないです。このネットの世界がどのくらい脆弱なのかはわかりませんけど、僕の生きている間ぐらいはどっしりと残っていて欲しいものだと願っています。お願いしますね。
ということで、今日は「ノートに書く」ということについて書いていきます。

ノートに書くということ
ノートに何かを書くという行為はとても静かで、目立たないものですよね。けれど僕にとってそれは、日々をちゃんと生きていくための大切な動作でもあるのです。今日は、みなさんと一緒にノートに書くということを考えていきたいと思います。
最近では、スマホを開けば情報はいくらでも流れ込んできます。けれど、ノートを開くときだけは、自分の内側から言葉を取り出す必要があるのです。そして、それを文字にして書いていかなくてはなりません。その違いは、思っている以上に大きいのです。
自分の内側の言葉というフレーズを聞いてドキっとしませんでしたか。とっても大事にしなければならないことなのに疎かにしてしまいがちなんですよね。一流と呼ばれる人たちは、自分のキメ台詞を持っているそうですよ。そういう言葉、大切ですよね。
ノートに書くと、自分の言葉を通して混乱していた思考が整理されていくのがよくわかります。書く前は「なんとなくそう思っている」だけだったことが、文字になることで「自分はこう考えているのだ」と確認できるのです。
僕は、とにかく書きだして実行することにしています。

推敲するということ
書いているうちに考えが変わることもあります。これは、推敲してしている証拠でしょうね。どうするのか思い悩んで、方向性を決めていく。頭の中でシュミレーションして考え抜くことが大事だと思いますし、それがないと議論もできません。
企画ばかりではなく日常で起こったことを最初は愚痴のつもりで書き始めたのに、最後には「まあ、こういう日もあるか」と少し前向きになっていたりするのです。ノートはただそこにあって、受け止めてくれる。その安心感がいいのでしょうね。
ノートに書かれた文字は、過去の自分の痕跡でもあります。数ヶ月前、あるいは数年前のページをめくると、そのとき何を考え、何に悩み、何を大切にしていたのかが生々しく残っている。読み返して少し恥ずかしくなることもありますが、そこがいいです。
自分の心と向き合う
きれいな字で書かなくてもいいし、立派なことを書かなくてもいいのです。途中で文章が途切れていても構わないでしょう。ノートに書くということは、完成を目指す行為ではなく、自分の思考や感情を一度外に吐き出すための作業なのです。
だからこそ、鉛筆でもボールペンでも万年筆でもいいですから、お気に入りの紙を使って、自分が心地よいと感じる筆記具を使いたいですよね。快適で自分の好きな道具を使うということは、この作業をストレスなく続けるための秘訣です。
ノートは「第二の脳」だとよく言われますけれど、僕はそれに加えて「第二の心」でもあると思っています。言葉にできなかった気持ちを、そっと置いておける場所なのです。ノートに何気ない一行を書くだけでどれだけ救われるかわかりません。
その積み重ねが、きっと明日の自分を助けてくれると信じています。


なかなか面白いノートが福袋に入っていたので、この記事を書く気になりました。ちょっと刺激がもらえて良かったです。

この記事画像で使ったノートです

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。読者の方々に感謝です。これからもこの文房具記事を読んで応援してくださいね。みなさんの後押しが僕の継続の原動力です。よろしくお願いいたします。
成人を迎えるみなさん、おめでとうございます。今日(2025年1月11日(日))からは、とても寒くなるそうですから、服装などに注意してください。そして、盛大に祝ってもらいたいと思います。僕も3回目の成人式を一人で密かに祝いますね。
